ひとりごちる。

頭が弱くなってきたアラサーが脳の活性化を図るブログです。

11.銀河英雄伝説

どうも。

ゆず丸です。

 

此度私は銀河英雄伝説という漫画を読破いたしました。

銀河英雄伝説は、原作が田中芳樹さん作の小説で、

そこから漫画やらアニメやらゲームに派生していったもの。

私は今回、道原かつみさんが描いた、chara comics版の漫画を読みました。

 

正直、SF作品ってあんまり得意じゃないイメージだったんです。

登場人物の名前が難しかったり、

設定が複雑だったりして、

ついていけなくなることも多々ありました。

ですが、この作品は不思議と読み進められて、

いつの間にか最後まで完走してしまいました。

 

あらすじ

 

Wikipediaより引用

遥かな未来、銀河に進出した人類は、二大陣営に分かれて戦っていた。皇帝貴族が支配する銀河帝国と、帝国から脱出した人々が建国した自由惑星同盟である。戦争は150年間膠着していたが、ラインハルトとヤンという若き英雄が相次いで両陣営に登場することで、歴史は大きく動き始める。 

 衝撃でした。

Wikipediaのあらすじを読んだところ、

漫画版は実はほんの一部だったことがわかったのです。

全11巻で、終わった時に

『え・・・これで終わりなの?』

と思ったのですが、その感想は間違っていなかった!

小説版は全然まだまだ続くではないですか。

これは、小説版、買って読まねばなりませんね。

 

詳しい感想については、次回の記事で!

 

yuzu○

10.お題スロットに挑戦。

お題「もう一度行きたい場所」

 

どうも

ゆず丸です。

 

毎日仕事と家事と子供の世話に追われております。

 

まったく漫画も小説も映画も見る暇なし!

仕事の昼休みを利用して、ブログを書いております。

読もうと思って鞄に入れたまま開いていない本が一冊・・・。

『2時間でおさらいできる世界史』

読めたら、感想書きます(笑)

いつになるやら。

 

さて、お題スロットで出たテーマ。

もう一度行きたい場所。

 

30年近く生きてきて、

色んな場所に遊びに行きました。

もう一度行きたい場所はたくさんあるのですが、

一つにしぼって書いていきたいと思います。

それは・・・

☆ラスベガス☆

 

ラスベガスには、新婚旅行で4泊6日で行きました。

泊まったのは噴水が有名なホテルベラッジオ。

あの一週間弱は、思い出しても夢だったんじゃないかと思うくらい、

非日常な世界を体験した時間でした。

 

ロサンゼルスで飛行機を乗り継ぎ行きましたが、

飛行機の中から見たラスベガスの街は今でも忘れられません。

砂漠の中に、そこだけテーマパークのような世界が広がっていて、

すごいところに来てしまった!と感じたものです。

降り立つと、パンフレットやテレビで見た賑やかで派手な街!

それぞれのホテルにはテーマがあって、

全部のホテルに泊まってみたいと思うくらいそれぞれが個性的でした。

ベラッジオの噴水が見える側のお部屋に泊まったのですが、

夜部屋から見る噴水ショーが、本当にきれいで、

噴水の向こう側にはフランスをテーマにした

パリスホテルのエッフェル塔と地球儀(?)が見えて。

言葉では感動を表すのは難しいですね。

本当に、涙が出るほど綺麗な夜景だったのを覚えています。

そのパリスホテルには、最後の夜にカジノに少し遊びに行きました。

夫はそこでほぼドルを使い果たしていました(笑)

 

どのホテルも印象的だったのですが、

遊びに行った中ではベネチアンが好きでした。

中にショッピングモールが広がってるのですが、

屋内に川が流れていて、ゴンドラが走っているのです!

天井は空がデザインされていて、時間で明るくなったり暗くなったり。

テーマパークのアトラクションのような空間でした。

お台場のヴィーナスフォートに似てるな、と思ったのですが、

あれはここの影響を受けているのでしょうか??

 

中日に、足を延ばしてグランドキャニオンにも行きました。

空を飛ぶのが苦手な私は、セスナ拒否!ということで、

バスのツアーに参加しました♪

バスもなかなか面白くて、

途中ルート66のバーガーショップに寄ってくれて、

そこで今も我が家のインテリアになっているルート66の看板を買いました。

グランドキャニオンは、まだ雪が残っていました。

あの景色を見た感動は、どう表したらいいものか。

正直、現実感がありませんでした。

まるで絵画を見ているような、不思議な気分でした。

地球が作り出した壮大な景観に、自分のちっぽけさを実感しつつ、

生まれてきてよかった、なんて感傷に浸っていた覚えがあります。

 

ラスベガスの街では、他にもいろいろ観光しました。

ダウンタウンに繰り出したり、

タワーに上ったり

ルーマンショーをみたり。

色んなホテルのカジノで少しずつ遊んだり。

寝てるとき以外はほとんど遊び尽くしていた、充実した時間でした。

ベラッジオのちょっとイイレストランで最後のディナー。

ウェイターさんの流暢な英語にたじたじだった私たちでした。

 

もう少し英語が喋れて聞けるようになったら、また行きたいね、

なんて話していましたが、

まったく上達するための努力はできていない私たちです。

子供が成人して手がかからなくなったら、

また行きたいな。

 

以上、もう一度行きたい場所でした。

 

yuzu○

9.自信とオーラ

どうも

ゆず丸です。

 

三日坊主なゆず丸です。

自分が嫌いですよ、ほんとに。

 

さて。

 

airClosetを初めて約半月。

2回体験しました。

 

スタイリストさんが選んでくれた服、ってことで、

組み合わせに不安なく着れるのが本当にイイ!

休みの日のお出かけが、今までより楽しくなりました。

この服変じゃないかな、なんて思いながらだと、

ショッピングも積極的になれなくて・・・

それが、今回はすごくグイグイ店員さんとも話せて

欲しいものを見つけ出すことができました。

春のアウター、もうかれこれ数年欲しいと思いつつも

暑くなってしまい買わずにいたのですが、

とうとうゲット!!!

なんだか最近毎日が楽しいです♪

もっと早く始めればよかったなぁー。

次のBoxが楽しみ♪♪

 

ひな祭りは、

ちらしずしケーキと、

3色ムースと

ちょっとしたおかずをつくりました。

娘がもぐもぐ楽しそうに食べてくれたのが、

幸せー♪♪

 

すくすく元気に育ちますように!

 

次のイベントは自分の誕生日だー。

それまでに1冊くらい活字の本読みたいーーー

 

yuzu○

8.楽なほう楽なほうへと

どうも

ゆず丸です。

 

人間は、一度楽を覚えると、

なかなか辛い状態へと戻ることができません。

 

先週風邪をひいて、

いろいろ免除して休ませてもらったことで、

なかなか生活のペースを戻せていない、

だめな自分です。

 

やらなきゃ、やらなきゃ

気持ちだけが先に進んで

まったく体がついて行っていなくて

結局

できない自分にがっかりして

自己嫌悪でウジウジ。

ここ数日その繰り返しで、

天気の悪さも相まって

どんどん暗い気持ちになっております。

どこかでターニングポイントを見つけねば、

と、明後日のひな祭りのための工作を

絶対今日中にやってみせる、と意気込んでおりますが、

まだ何も手をつけておりません。

ああ、ダメ人間。

 

さて、

漫画を一つ読みましたので、

その感想をば。

まとまらない文章ですみませんが、

お時間のある方は読んでみていただけると。

 

漂流教室

楳図かずお先生の作品です。

途中まで読んだことがあったのですが、

最後まで読み切ったことがなく、

今回一気に読んでみました。

ネタバレがありますので、読んでない人はこの先は読まないことを

お勧めします。

 

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*

 

小学校6年生の主人公高松翔とその小学校のみんなが、

なぜか学校の敷地ごと未来へ飛んでしまう、というSFなお話。

さすが楳図先生、というグロテスクな描写が多々ありつつ、

大人への批判、皮肉がそこかしこにちりばめられている作品でした。

 

母親になった今、

冒頭の小学校が消えてしまって

翔の母親が発狂するくだりで少しウルっときてしまいました。

 

でも、だんだんあまりにも非現実的な展開になっていって、

突っ込みどころも多く、最後はやや茫然としていました(笑)

 

最初のほうで、先生たちが気がふれて自殺したり殺しあったりするところは、

大人が常識にとらわれて物事を判断するゆえにおこった出来事として

印象的に描かれていました。

確かに希望が見いだせなかったら、

死ぬしかない、って思っちゃう気がしますね、大人になると。

 

子供たちは最後まで希望を見出しながら、

お互いを鼓舞しながら生きいきます。

ここに一つ大人へのメッセージが隠されている気がしました。

 

途中から誰かの妄想のデッカイ伊勢海老みたいな怪物やら、

一つ目の新人類やら、ヒトデやらなんやら、

気持ちの悪い生き物(?)がたくさん出てきます。

そしてそのたびにたくさん人が死にます。

妄想の生き物でなぜ死ぬのかいまいちよくわからなかったです。

 

翔の母親に願いが通じて、未来へ道具がたびたび送られます。

そのおかげで翔は幾度となく命が助かるのです。

 

太陽が出ていない設定なのに植物は育ちます。

麻酔なしで小学生だけで虫垂炎の手術をします(笑)

 

ラストは現代に戻れるものと思って読み進めていたのですが、

戻れたのが、校庭で遊んでいたために巻き添えをくらった

3歳児ユウちゃんだけだったという衝撃のラスト。

結局みんなはどうしていったのでしょう。

 

楳図先生が

この作品にどういった気持ちを込めて描かれたかは

存じ上げませんが、

人間が環境破壊を重ねた末のそう遠くない未来に、

地球が砂漠だけの生き物が死に絶えた星になるよ、

と警告している作品なのかな、と思いました。

 

あとは、子供だけになっても、

大人と同じように組織を作って集団をコントロールしたり、

その中で自己利益を求める反乱分子が出て、

最終的には戦争のようになったり、

恋愛がきっかけで仲違いがおこったり。

結局人間はこんな生き物なんだぜ、

という皮肉にも感じました。

 

読み終わった後ものすごく不思議な気持ちになりますが、

一度は読むことをおススメしたい、ザ・楳図マンガでした。

 

今日はここまで。

ひな祭りの準備頑張ります。

 

yuzu○

7. 2.26事件

どうも。
ゆず丸です。

少し間が空いてしまいました。
なかなか週末は家族との時間を優先するため、
時間がとれませんね。

今日はカーナビが
2.26事件の日です、
と言っていました。

歴史の苦手な私は、
詳しく説明できません。
今更ながら、
教養を身につけないといけないと感じました。

そういえば、
先日自分改革をするために登録した、
airClosetが届きました!

水色の丈の長めなセーターと、
黒のアシンメトリーなスカートと、
赤のワンピースでした。

昔から暖色系が好きな私は、
寒色系を自分なら買うことがなかったのですが、
意外と似合うことに気づきました。
新しい自分発見❤

次のBOXが、楽しみです!

次までに本を一冊読もう。

ではでは。

yuzu○

6.正義と犠牲

こんにちは。

ゆず丸です。

 

今朝、駅に向かう途中に地面から煙が出ていました。

びっくりして、その出所を見たら、

排水路の格子の上に、火のついたままのタバコが落ちていました。

 

私が幼いころは、

今ほど喫煙者に対して厳しい世の中ではなかったと記憶しています。

父親もいまだに吸っています。

ただ、ここまで喫煙者が追い込まれたのは、

喫煙者自身のマナーのなさが原因だと思います。

 

タバコ自体が健康を害するとはいえ、

吸うか吸わないかは個人の自由だと思います。

ただ、吸いたくない人に煙を吸わせるのは、

吸わないという自由を害する行為であり、

あってはならないと思います。

 

私の最寄駅までの道のりは、

なぜだか歩きたばこの方が多いんですね。

だいたい、60‐80歳くらいの男性がほとんどです。

よくないこととわかっているからなのか、

隠すように吸っています。

 

なぜ、

決められたところで吸えないんですか。

なぜ、

どこにでも吸殻を捨てるんですか。

なぜ、

すこしでも他人に気遣う気持ちが持てないのですか。

 

本当は、吸ってる人に問いたいです。

けれど、昨今物騒ですし、

そんな勇気はありません。

直接言えないのにここに書くのは

陰口になるでしょうか。

けれど、それで殴られたりしたら、

声をかけた私が悪いってことになりそうなので、

やめておきます。

 

どうしたらいいんでしょうね。

 

yuzu○

5.おかあさんだから

どうも、ゆず丸です。

 

昨日途中まで書いていたのが消えてしまい、

心折れて書けませんでした。

 

自分改革の一環として、

airClosetに登録してみました。

あこがれの人は相変わらず見つからないですが、

自分の知らない自分を見つけられる気がして・・・。

初回Box届くのが楽しみです。

 

さて。

ちょっと前に話題になっていた、

『あたしおかあさんだから』

という歌ご存じでしょうか。

とあるお母さん像を歌った歌なのですが、

世のお母さんからも独身女性からも批判が殺到していた、

との記事をみました。

 

歌詞の一部をみてみますと、

一人暮らししてたの おかあさんになるまえ
ヒールはいて ネイルして
立派に働けるって 強がってた

今は爪きるわ 子供と遊ぶため
走れる服着るの パートいくから
あたし おかあさんだから

あたし おかあさんだから
眠いまま朝5時に起きるの
あたし おかあさんだから
大好きなおかずあげるの
あたし おかあさんだから
新幹線の名前覚えるの
あたし おかあさんだから
あたしよりあなたの事ばかり
 

『あたし おかあさんだから』というフレーズが多様されていることもあり、

「呪いだ」「怖い」だったり、

お母さんと対比して描かれている一人の時のエピソードをふまえ、

「独身女性を馬鹿にするな」だとか

色んな意見を目にしました。

 

なぜ突然そんな話をしているかというと、

ここ2日ほど、特に娘に振り回され疲れたときに、

ふとこの歌の話題を思い出したのです。

絶賛イヤイヤ期の娘は、

まだ私の言うことを完全に理解してくれないし、

思ったことが通らないと騒いでいけない場所でも

ギャーギャー騒いでしまいます。 

まだ完全には一人でご飯は食べれないし(すごい勢いでこぼす)

振り回されている私は、まさにこの歌のお母さんの心境。

イライラもしますし、

一人でゆっくりしたいなぁって思うときもあります。

だけど、やっぱり娘のことが一番なんですよね、

自分のことより優先しちゃう。

 

私なりに、この歌について解釈してみました。

この歌を聴いて、

私はそこまでマイナスなイメージは持たなかったです。

 

『立派に働けるって 強がってた』

ってフレーズはひっかかりましたけど。

強がるってなんだ?

私お母さんだし、フルタイム勤務してますけど、

強がって働いてるわけではないけどなぁ??

 

この歌に対し、母親はこうあるべきだと押し付けられている気がする、

と思うのはなんだか被害妄想が過ぎる気がするんですよね。

とあるどこかにいる『おかあさん』が、

子供のことを考えて生きてる今が幸せだよ

って歌じゃないんですかね。

すべての『おかあさん』に新幹線の名前覚えろって言ってるわけじゃない。

 

先ほど引用した部分以外のところで、

『好きな事して 好きなもの買って

考えるのは自分のことばかり』

というフレーズがあるのですが、

そこを抜き取って、独身女性が

「自分のことしか考えてないわけじゃないわよ!」

と怒っているようで。

んー、ちょっと言葉のチョイスが過激ですよね、この部分。

そのあとの、

『今は服も子供も 全部子供ばっかり』

との対比なんだと思うんですけどね。

すべて子供に捧げなさい、って話じゃなくて、

この歌は、一番最初に考えることが子供のことになったよ、

っていう変化と、そのことは子供のことを愛しているから、

決してつらいことじゃなくて幸せなことだよ、

ってことを伝えてるんだと解釈しました。

だから、100%子供、100%自分、の【ば(っ)かり】ではなく、

何か選ぶときの、基準が

まず子供を優先するか、それとも自分か、

って意味で使っているんじゃないかと思うのです。

だから、

この歌はけっして母親が子供のことしか考えていない、

自分のことを考えて生きるな、と言ってるわけでも、

独身女性が自分のことだけしか考えていないと言っているわけでも、

ないと思うんです、私は。

もちろん、自分以外に優先すべき基準がないわけではないと思います。

でも、この物語ではそこに触れる必要がないんです。

登場人物は自分と子供だけの歌だから。

だって、独身でも家族のこととか仕事の取引先のこととか、

優先して考えてるよ、ってことまで話し始めたら、

『おかあさん』だって、夫のことや家族のことや、

働いてる人は仕事先でかかわる人を優先して考える瞬間はあるはず。

でも、そこは、この物語にはあえて登場させず、

自分ひとりしかいなかった人生に、

子供ができて、自分が変わったよ、

ってところを強調したかったんだと思いますよ。

 

歌詞って、文章じゃないから、文字数は限られてるし、

少ない文字の中で物語を伝えなくちゃならないと思うんですけど、

だからこそ言葉のチョイス次第では受け取り手の自由度の高さゆえに、

伝えたいこととは違った解釈を生んでしまうんでしょうね。

 

ただ、

『愛しているから』というフレーズを入れていないのがおかしい

とか

『おとうさん』は育児しない状況を表しているのか

といった意見に対しては、

それは違うんじゃないかな、と思うわけです。

 

 

直接『愛している』というフレーズは使ってないけれど、

この歌には子供への愛情があふれてると思いませんか。

だって、『おかあさんになれてよかった』ってフレーズがありますよ。

親としての義務として子育てしている『おかあさん』だとしたら、

子供のことを優先している日々に対し、『なれてよかった』なんて言わない。

『夜中に遊びに行く』『ライブに行く』『自分のために服を買う』

『それ全部より おかあさんになれてよかった』です。

これを愛情と言わず、何というのでしょう。

私も、振り回されて疲れてイライラして、

でも娘の寝顔を見て、溢れ出る愛おしさに、

まぁ、いっか。となるわけです。

 

『おとうさん』が出てこないのは、

母親だけに育児をさせている状態を示しているわけではないでしょう。

子育てを二人でしていることを描きたいのなら、

別の歌を作ればいい。

この歌で伝えたいことはそこじゃないと思うので。

先ほども言ったように、

おとうさんをあえて登場させないことで、

子供へのあふれんばかりの愛情を、

表したかったんじゃないのかなぁ。

 

ま、これは一つの意見です。

私の解釈が正しい、と言いたいわけではありません。

ただ、まさに手のかかる年齢の子を育てている私にとっては、

『おかあさんになれてよかった』

という愛情いっぱいの歌に聞こえたんだよ、

という話でした。

 

ま、私だって自分のこと考えてますよ。

服、届くの楽しみだなー。

 

yuzu○